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大阪高等裁判所 昭和62年(う)550号 判決 1988年11月30日

本籍

京都市伏見区桃山水野左近西町一〇番地の一

住居

京都市右京区竜安寺玉津芝町一番地

会社役員

松井宏次

昭和一三年六月三〇日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、昭和六二年三月一八日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月及び罰金八、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人環直弥、同前堀政幸、同前堀克彦、同三木善続連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官小林秀春作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(理由そご及び理由不備の主張)について

論旨は、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人は、笠原正継、黒宮功、大西勝則らと共謀の上、被相続人松井利一が全国同和対策促進協議会京都府連合会本部から一一億三、二〇〇万円の債務を負担しており、松井マサを除く被告人ら相続人がこれを承継したと仮装するなどした上、内容虚偽の申告書を伏見税務署に提出し、もって不正の行為により脱税した。」旨認定しており、これは、被告人が申告に当り右「架空債務の計上」を認識して共謀したことを判示しているものと解されるのに、その補足説明一の(二)においては、被告人が認識したという「不正な行為」は、「正当な方法でないこと」、「なんらかの不正な方法」等と判示するのみでその具体的内容は明らかにしておらず、この点両者の間には矛盾があるから、原判決には理由そごの違法があり、また原判決は、右のとおりその補足説明において、本件犯行の最も重要な構成要件である不正の行為について、被告人が認識したという具体的内容を明らかにせず、かつそのことの理由も説示していないから、理由不備の違法もあるというのである。

しかしながら、原判決の罪となるべき事実は、その対応する罰条である相続税法六八条、七一条一項、刑法六〇条が定める構成要件に該当する具体的事実をその特定に欠けることなく判示したものではあるが、これが所論のように被告人が架空債務を計上したことを認識して共謀したとまで判示するものでないことはその記載内容自体から明らかであり、そのうえで原判決は本件犯罪行為に対する被告人の認識や共謀の意味内容につき、大西ら共犯者において「なんらかの不正な方法」によって脱税するものであることの認識があれば足りるとして、被告人にはそのような認識があったと認定した理由を補足説明一の(二)に説示しているのであって、その間に理由不備の違法は存しない。

所論は、罪となるべき事実に判示している共謀の意味を、被告人において「架空債務の計上」の具体的内容まで予め認識していたことを判示しているものと勝手に決めつけて論拠とするのであって独自の見解というほかなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(事実誤認及び法令の適用の誤りの主張)について

論旨はまず、被告人は、本件において「架空債務の計上」の方法を用いて脱税することの認識はもとより、その他の不正の行為と認められる方法によって脱税することの認識もなく、従って、「偽りその他不正の行為により」という本件の構成要件についての犯意はなく、また他の共犯者らとの共謀も行なってないのに、これを認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認もしくは法令の適用の誤りがある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、原判決挙示の各証拠によれば、本件犯行の経緯、状況として、原判決が補足説明中の一の(一)に挙示する事実を含めて以下のとおりに認定することができ、これに基いて案ずれば、原判決が結論するように、被告人に本件構成要件上の脱税の犯意があり、かつ共謀した事実を認めるに十分であって、これを否定する被告人の原、当審における各公判供述は措置することができない。

まず、前記各証拠によれば、以下の各事実、すなわち、昭和五九年四月九日被告人の父松井利一が死亡して相続が開始したが、その相続人は、被告人のほか配偶者である被告人の母マサ及びいずれも利一の子(養子を含む)である松井宏一郎ら五名であったこと、被告人は、その遺産が不動産を主として巨額に及び、それらの評価あるいは計算関係等相続税申告手続が複雑多岐にわたることから、その手続を自己が代表取締役として経営している会社の会計事務等を担当してもらっていた林税理士事務所の藤本昇に依頼したこと、被告人は、右相続税の負担ができるだけ相続人に軽く済むことを望み、藤本から同税申告の手引による説明も受け本件相続税の試算など行なったりしたが、そのためには配偶者特別控除を最大限に利用すると同時に相続土地など不動産の評価を可能な限り低く押えることが得策であることを知り、右藤本とも協議を重ねた結果、同年一〇月五日には、配偶者マサの相続分を法定相続分どおり二分の一とすることを骨子とする遺産分割協議書及び相続財産総額一八億三、七五九万円余、相続税額合計五億〇、二二二万円余とする相続税申告書ができたこと、右申告内容は、藤本としては、相続土地については通達等の範囲内で合法的にできるだけ低く評価したつもりのものであり、税務当局の査定で増えることはあっても減ることはないと自負する成案であって、被告人もそのことは了知していたこと、ところが、被告人と懇意な間柄にあった司法書士大西勝則は、被告人らが巨額の遺産相続をしたことを知ったことから、その相続税申告手続を原判示同和団体の笠原らに代行させることで原判示のような「架空債務の計上」等の不正な申告を行なって脱税し、併せて自らも多額の不正利益を取得しようと企図し、被告人には右笠原に手続を依頼する事実も含めて脱税方法の具体的内容は秘したまま、被告人に働きかけて右手続を自分の側で代行させようと考えたこと、同年一〇月初旬ころ、大西は被告人に対し、「相続税の申告のことは自分に任せてくれ。自分の知っている偉い先生に頼めば、税務署と事前に折衝してくれて事後の調査もなくなり有利になる。」旨申し向け、被告人もその気になって話に乗ることとし、折角成案ができ上り申告期限(同月九日)も真近かに迫ってはいたが、藤本に断って同月六日改めて大西に本件相続税の申告手続を依頼したこと、被告人はその後まもなく社用で外国旅行へ出かけて帰国した同月二五、六日ころ、大西から「税金は三億五、〇〇〇万円で話がついた。共有名義が多いが将来争いのもとになる。遺産分割の中味はどうでもいい。この際お母さんの持ち分を六億位減らして他の相続人に廻わし一代飛ばしたらどうか。」と言われ、税額が大巾に減額されると同時にその申告に当って相続割合も自由に決められると示唆され、これに基きそれまで予定していたマサの相続分九億二、四二五万円余から約五億八、〇〇〇万円を他の相続人らに振り分けるように遺産分割をし直すこととして本件相続税の申告手続を行なうことを承諾し大西にこれを依頼したこと、大西は、その後被告人から受け取った新しい遺産分割協議書の余白に被相続人利一が原判示同和団体から総計一一億三、二〇〇万円の債務を負担し、マサを除く他の相続人全員がこれを承継したかのように架空の債務をタイプで記入し、右架空債務があることを前提にして計算した税額総計が一億五、〇二二万七、九〇〇円とした相続税申告書を前記同和団体本部に届け、同年一一月一〇日同本部の笠原及び黒宮においてこれを所轄税務署に提出して申告手続を終えたこと、大西は、被告人から受け取った納税資金等三億五、〇〇〇万円のうち、五、〇〇〇万円を中抜きして自己が取得し、更に前記笠原らが本件相続税を納めた残金からも二、五〇〇万円の謝礼を受け取ったこと等を認定することができるが、以上の認定事実に基いて考察すると、確かに被告人は、大西ほかの共犯者らから原判示のような「架空債務の計上」等の不正な方法を用いて脱税することの具体的内容までは教えられておらず、また、大西がいう三億五、〇〇〇万円の金額がほぼ申告納税額になるものと誤信した可能性も強いが、そうだとしても、同時にマサの相続分の変更(これは大西において架空債務の計上の方法でできるだけ申告納税額を減縮するのに配偶者の相続割合が過大になる不都合を避けるための方便であったものと推認するにかたくない。)まで示唆されてこれを応諾した被告人としては、大西が代行しようという本件相続税の申告は、決してまっとうなものでなく、具体的な手段方法まで知らなくとも、それが少なくとも相続税法上許されない何らかの不正な方法、つまり「偽りその他の不正の行為」によって極めて多額な相続税を免れようとするものであることを認識したうえ、大西の申し出どおり遺産の再分割にも応ずることにして同人に本件相続税の申告手続を依頼したものと認めるに十分である。

所論は、被告人は、司法書士である大西を信用し、本件相続税額がこれほど減額される理由を具体的に聞かなかったものの、同人がいうところの偉い先生の力添えで、相続財産(土地)の評価が下がったことによるものと理解していたものであって、その申告に当って、原判示のごとき「架空債務の計上」という不正手段が講ぜられることの具体的内容を知らなかったのはもちろん、その他の不正の行為についての認識さえなかった旨主張し、併せて、相続税額算出の基礎となる相続財産、特に土地についての評価が極めて困難な作業であり、現に本件相続財産のうちには、後日税務当局によって相当の減価が是認された物件もあることなども挙げて、被告人の前記のような理解が決して無理からぬものであることを縷々述べるのであるが、本件の場合、その減税額は、被告人が認識した申告納税額を三億五、〇〇〇万円としてでさえ、藤本案によるそれと比べて実質約一億五、〇〇〇万円も低い金額であり、これが大西の示唆したとおりマサの相続分約六億円を他の相続人らに振り分けたとすれば、税率を五〇パーセントとしてみても計算上の正規税額は約三億円も増えることになり、これを合算した減税額に見合う相続財産の評価減となれば、細かい税額計算をするまでもなく決して一〇億円を下廻らない数額になることは明らかで(極めて単純には遺産総額と税額との割合で概算することで足り、被告人にその認識がなかったとは常識上到底考えられない。)、このような巨額な減税が改めて本件相続財産の評価の仕方を変えるだけのことでできる道理はなく、また、被告人がそのような理由をもって途方もない金額の減税が正当にできると考えたということも信じ難いところであって、所論が正鵠を得ないことは多言を要しない。

所論はなお、右の不合理性を説明するのに、人間必ずしも常に理屈どおり行動するものでなく、被告人は当時置かれていた状況から冷静さを欠き、専門家である大西を信用するあまりの思い込みから、理屈に合わない思考をしたものであると強調するのであるが、被告人が、そのように信用できる相手方が合法的に行なった減税対策によったものと考えたというのなら、あまりにも多額の減税が可能になった理由を質すのに何はばかるところもなかったはずでありながら、当然強い疑問と関心があったであろう事柄につき互いに何一つ質疑を交わすことなく、被告人が勝手にそれが相続財産の評価が下がった結果と思い込んだうえ、相続税額が大きく膨らむ結果になることが目に見えている遺産の再分割にも応じたというのはあまりにも条理に反し、所論が述べるような理由で筋道立てられるものではない。

そこで、被告人の犯意及び共謀の点について案ずるに、本件のごとき相続税ほ脱犯における犯意としては、税を免れるための手段として「偽りその他不正の行為」がなされることと、その結果、本来納付されるべき正当な納税額より過少の納税申告を行なって税を免れることの認識が必要とされるが、本件の場合、前記認定のとおり、被告人としては実際に本件相続税申告手続を実行する大西の側でどのような具体的な方法を用いるかまでは承知していなかったにしても、少なくとも同人らの手で、それが相続税法上許されない何らかの不正な方法により、相続財産額及び税額について真実を遥かに下廻る内容虚偽の申告を行なって数億円に及ぶ脱税を図ることは優に認識していたと認められるのであるから、犯意において欠けるところはなく、そのうえで大西に対し、右の内容による相続税申告手続を依頼し、大西は更に笠原、黒宮と通謀して原判示の「架空債務の計上」の方法による内容虚偽の申告書を所轄税務署に提出して原判示のとおり脱税を行なったものであって、被告人が右大西ほか二名の者と構成要件上の犯意としての認識を共通にして順次共謀したことは明白であり、被告人が実行行為の中核となる本件相続税申告手続を委ねた大西らにおいて現実に行なう具体的な不正行為の内容を知悉しなかったとしても、それは被告人が予期した不正行為の範ちゅうからはずれるものとはみられず、共謀の成否に影響するところはない。

この点について同旨の理由による原判決の判断は正当で所論のような事実誤認もしくは法令の適用の誤りはない。論旨は理由がない。

次に論旨は、仮に、被告人に犯意及び共謀が認められたとしても、それは、原判示ほ脱額六億五、五三九万五、三〇〇円のうち、被告人がほ脱額と認識していた一億五、二二二万七、二〇〇円の範囲で成立するもので、その余の金額はほ脱額から除かるべきものであり、この点について原判決には明らかに判決に影響を及ぼす事実誤認もしくは法令の適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、本件は、被相続人に巨額の架空債務が存在するとしたうえこれらを相続人ら(マサを除く)それぞれが右債務を分割して承継した旨虚偽過少の申告をしてほ脱の結果を実現したものであって、被告人は自己納税分にとどまらず他の相続人の分についてもこれを代理して同時に申告手続に及んだものであるから、このような不正行為によって実現したその結果について被告人が予測した範囲を限定分割して各別に犯罪の成否を論ずることはできないし、またこれが本件のような共犯事件の場合、各共犯者間に実行行為の内容やその結果についての具体的な認識について多少の食い違いがあろうとも、構成要件上の犯意としては別異のものと評価されない限り、その全員が現実に実現された犯罪全部の刑責を負うべきは当然であるところ、本件において被告人が認識していたほ脱額(これは所論がいうように約一億五、〇〇〇万円にとどまるものでなく、マサの相続分を納税申告上進んで不利になるよう変更したことによって増加する税額約三億円が含まれることは前述のとおりである。)と現実のほ脱額との間には約二億円の食い違いはあるものの、これは単に共犯者である大西が本件相続税の申告に乗じて自分独自で相当の利を図ろうとすることなどの思惑から被告人に対してはその脱税の方法や規模などを具体的には打ち明けなかったという事情によるものであって、既に前項で説明したとおりに犯意の存在及び共謀の成立が認められる以上、それは構成要件上の犯意が異質各別のものとみることはできず、もともと本件のように架空債務の計上という不正行為を内容とする相続税の申告手続を行なうことで実現したほ脱犯罪につきその認識したほ脱額の限度でのみ刑責を問うべきとするいわれはなく、被告人が原判示ほ脱額のうち一部は犯意を欠くものとしてその部分のみの犯罪の成立自体を否定する所論の見解に左袒するわけにはいかない。

なお所論は、ほ脱犯における犯意の認定は、いわゆる個別的認識説によるべきものとして、若干の判例も引用するのであるが、それらはいずれも不正行為と関係のない誤記、誤算などによる過少申告部分をほ脱額から控除したに過ぎないもので、本件のようにそのほ脱額はすべて不正行為と因果関係がある結果である場合とは例を異にし、所論を裏付けるに足らないものである。

この点についても、同旨の見解の下に被告人に原判示ほ脱額全部についての刑責を認めた原判決に所論のような誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(事実誤認の主張)について

論旨は、原判示のほ脱額の認定は、もともと無効であるか、遺産分割協議の意思表示を取消したためその効力が消滅した遺産分割協議書に基き計算したものであるから、事実を誤認し、これが判決に影響を及ぼすのは明らかであるというので、検討するに、所論は、被告人が大西から欺され、同人が「架空債務の計上」という不正な方法による税申告により本件相続税のほ脱を図っていることを知らず、合法的に税の減免が受けられるものと誤信し、大西の持ち掛けに応じて先の遺産分割協議を変更して第二の遺産分割協議書が作成された旨主張し、被告人が大西に一方的に欺された被害者であるかのような物言いで自説を展開するが、本件は、前記認定のとおり、被告人が右大西らと共謀のうえほ脱の犯意をもって脱税行為に及んだとされる事案であって、当該遺産分割の変更も、大西において不正行為を内容とする相続税申告が行なわれることを承知のうえ同人の示唆に従ってなされたもので、その際被告人が大西の意図が奈辺にあるかまでを十分理解してなかったとしても、被相続人の配偶者であるマサの相続分を約六億円も減らして他の相続人らに振り分ければそれに応じて多額の税額が増える関係を知らなかったとはいえないはずで、にもかかわらず被告人が右のような遺産分割協議書の変更に踏み切ったのは、その増額分も含めての脱税が可能と踏んでの自らの選択であって、これをもって被告人に要素の錯誤があったとか詐欺に逢ったとかいうことはできず、所論はその前提を欠くもので失当であることはいうまでもない。

もっとも、所論も指摘するように、被告人が本件虚偽過少申告によってほ脱できると考えた税額は、実質的には藤本案による申告納税額を基準にして約一億五、〇〇〇万円であったのに、右遺産分割の変更を行なったばかりにそれが逆に更に約三億円も増える結果になった経緯が認められるが、被告人において右遺産分割を変更することが大西が企図していた脱税工作の方便であると察知していたかどうかは別として、少なくとも相続を一代飛ばしたらどうかという大西の勧めに乗って不当な経済的利益を得ようとして自ら選んだ方策である以上、案に相違してそれが逆に増税の効果を生じたからといって不満を述べる筋合いのものでもない。

前記第二の遺産分割協議書の内容に依拠して計算し原判示ほ脱額を認定した原判決に事実誤認のかどはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第四点(量刑不当の主張)について

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、本件は、被告人が大西らと共謀の上、遺産総額が約一八億円、正規税額が合計約八億〇、五〇〇万円であるのに、総額約一一億円もの架空債務を計上して相続財産額を減縮して約一億五、〇〇〇万円を申告納付することで約六億五、五〇〇万円の相続税をほ脱したという事犯であり、そのほ脱額が多額でほ脱率も高率であることに着目すれば被告人の刑責は重大であって、原判決が被告人に有利な諸事情を斟酌しながらも、被告人に対し懲役二年(三年間執行猶予)及び罰金一億二、〇〇〇万円に処したのも一応首肯されないでもない。

しかしながら、子細に情状を吟味検討してみると、被告人は最初から相続税のほ脱を企図したわけではなく、初めは正規の納税を行なうべく準備していたところ、他人の相続税申告手続を代行して脱税し自らも多額の不正利益を得ようと企んだ司法書士の大西から誘われてその気になったものであるが、その誘い方は巧妙で、具体的な脱税方法や実際の申告納税額は明らかにしないまま全面的に申告手続を任せるように持ちかけ、被告人も比較的抵抗感もなく話に乗せられたという経緯があり、犯行動機の点で酌むべき余地があること、犯行態様は、総額約一一億円に及ぶ多額の架空債務を計上するという悪質なものではあるが、被告人自身具体的にその事実を知らず、しかも架空債務の金額がそこまで多くなったのは、大西の側で自ら相当額の不正な利得をする目的が加わったがためと認められること、ほ脱額は約六億五、五〇〇万円と多いが、そのうち約三億円は、被告人が大西の示唆に従って遺産分割を不利に変更したための増加分であり、更に約二億円は、大西側の利得分として被告人には明らさまにしないで浮かした減税分で、被告人として明確に認識していた実質的ほ脱額は約一億五、〇〇〇万円であったこと、右のように遺産分割を変更したため税額が増加したことは、被告人が自ら選択した方法による帰結であってこれを甘受せざるを得ないものではあるが、その方法を勧めた大西にとって右遺産分割の変更は、自己取得分も含めた極めて多額の脱税を行なうために欠かせない方策であったものと推認され(所論がいうように単に架空債務を記入する余白のある新しい遺産分割協議書を手に入れるだけの目的にとどまるとは考えられない。)、その意図が見抜けたことが証拠上明らかでない被告人としてはやはりその点を大西に欺罔されたといえなくはないこと、被告人は、本件犯行において納税義務者もしくはその代理人たる立場にあり、本来はほ脱犯において脱税利益を享受し得る中心的人物とみられてもやむを得ないが、本件にあっては、不正行為を現実に実行したのは大西であり、しかも脱税額のうちの相当部分は同人もしくは同和団体の笠原らが被告人不知のまま領得したという特殊事情があること、被告人は、自ら不利に変更した相続分割合を基礎に計算された相続税本税約八億円のほか重加算税や延滞税を含め総額一〇億円以上の納税を済ませているが、これはもともと予定していた申告納税額約五億円の倍額を超えるもので、その経済的制裁効果は多大であること、被告人はこれまで同種前科を含めて全く犯罪歴はなく、むしろ実直勤勉な経済人としての評価も得ていたもので、本件犯行の発覚で既に大きな社会的制裁も受けていること、本件における刑責の減免を図って種々弁疏に及んだ態度は遺憾ではあるが、大西の不当な行為も介在した事案においてそれをあまりに厳しく咎めるのも相当でなく、やはり被告人としては大西の誘いに乗ったとはいえ本件犯行に及んだことを反省する気持が強いものと窺えること、一方で、本件のような手段方法による不正申告がチェックできなかった税務当局の対応の仕方にも問題があったこと等被告人に有利に斟酌すべき情状も少なからずであり、これら情状、特に本件犯行全体の成否には関わらないとはいえ、共犯者大西が自分らの不正な利得を捻出するため被告人には実状を明かさないままほ脱額を大巾に増加させる操作を行なった点を考慮すれば、冒頭で摘示したほ脱額及びほ脱率をそのままに基準にして刑を量定するのは必ずしも妥当とはいえず、原判決の量刑は、刑期及び罰金額とも相当程度重過ぎるといわなければならない。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条担書により更に判決することとし、原判決が認定した事実に、原判示の各法条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村清治 裁判官 浜田武律 裁判官 滝川義道)

大阪高等裁判所昭和六二年(う)第五五〇号

○ 控訴趣意書

被告人 松井宏次

右の者に対する相続税法違反被告事件についての控訴趣意は、左記のとおりである。

昭和六二年七月三一日

右主任弁護人 環直彌

右弁護人 前堀政幸

同 前堀克彦

同 三木善続

大阪高等裁判所第三刑事部 御中

控訴趣意第一

原判決には理由にくいちがいがあるか、又は理由を附さない違法がある。

一 原判決は、罪となるべき事実(以下認定事実という。)において、「被告人は、笠原正継(以下笠原という。)、黒宮功(以下黒宮という。)、大西勝則(以下大西という。)らと共謀の上、被相続人松井利一(以下利一という。)が全国同和対策促進協議会京都府連合会本部(会長笠原、以下本部という。)から一一億三、二〇〇万円の債務を負担しており、松井マサ(以下マサという。)を除く被告人ら相続人がこれを承継したと仮装するなどした上、内容虚偽の申告書を伏見税務署に提出し、もって不正の行為により脱税した。」旨認定しているが、右の判示は、事実摘示の通常の用例に従ったものとすれば、被告人が、右申告にあたり、右架空債務を計上したことを認識しており、この点についても笠原らと共謀があったことを認定しているものと解される。

ところが、反面、原判決は、補足説明一の(二)において、被告人が、「不正な行為により脱税することを認識していたものと認められる。」としているが、右の「不正な行為」の内容としては、「正当な方法ではないこと」、「なんらかの不正な方法」、「不正な方法」と判示するのみであって、その具体的内容が不分明であり、また、そのように明示はしていないけれども、右の原判示は、全体として見ると、被告人には認定事実におけるような不正の行為の認識及び共謀はないことを判示しているものと解される。

そうすると、右両者の間には矛盾があり、原判決には理由にくいちがいがある違法があるといわなければならない。

二 原判決は、右一記載のように、補足説明一の(二)において、本件犯罪の最も重要な構成要件である不正の行為につき、「なんらかの不正な方法」、「不正な方法」と摘示しているのみで、その具体的内容は全く明らかでなく、そのため、本件犯罪の内容が明示されているとはいえない。

それで、原判決は、この点で理由を附さない違法があるといわなければならない。

三 そして、若し、原判決が、右一記載の両判示の間には矛盾がないというのであれば、それは、原判決が、文言あるいは文を特殊な用例に従って用いたか、何らかの法律論を介在させるなどしたためであるとしか理解できないのであって、その理由を原判示自体から理解することは出来ない。従って、その理由を認定事実あるいは少なくとも補足説明において判示しなければならないのに、これをしていない。

それで、原判決には理由を附さない違法があるといわなければならない。

控訴趣意第二

原判決は、事実を誤認したか、法令の適用を誤った違法がある。

一 (その一) 原判決は、本件における「偽りその他不正の行為により」という構成要件についての被告人の犯意及び共犯者との共謀につき、控訴趣意第一に掲記したとおり判示して、被告人が共犯者と共謀して不正の行為により脱税した旨認定している。しかし、被告人には、認定事実のような架空債務の計上の方法を用いたものであることの認識はもちろん、その他の不正の行為と認められる方法を用いるものであることの認識もなかったのであるから、右の構成要件については犯意がなく、また、原判示の共犯者とのこの点についての共謀もなかったのである。

それで、原判決は、事実を誤認したか、法令の適用を誤った違法があり、右の違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

1 本件事実の経過の概要

原審において取調べた証拠によれば、つぎの事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一) 昭和五九年四月九日、被告人の父利一が死亡し、相続が開始したが、その相続人は、被告人の母マサ、被告人、いずれも被告人の子で、利一の養子である松井宏一郎(以下宏一郎という。)、松井啓二郎(以下啓二郎という。)及び松井利治(以下利治という。)、いずれも被告人の妹である友田史江(以下史江という。)及び小泉敏恵(以下敏恵という。)の合計七名であった。

(二) 被告人は、同年五月末か六月初めころ、林隆税理士事務所の藤本昇(以下藤本という。)税理士に右相続にかかる相続税の申告手続を依頼し、同年一〇月五日には、遺産分割協議書(相続分をマサ五〇パーセント、被告人、宏一郎、啓二郎及び利治各一〇パーセント、史江及び敏恵各五パーセントとそれぞれしたもの)及び相続税申告書(遺産総額一八億四、六一五万四、七〇九円、課税価格一八億三、七五九万二、〇〇〇円、税額五億〇、二二二万七、二〇〇円とそれぞれしたもの)が出来上がった。

(三) ところが、他方、被告人の知人で司法書士の大西が、いずれもマサ方で、被告人に対し、同年五月に、「今後のことで力になれることがあれば、力になろう。」と話し、さらに、同年九月末か一〇月初めころ、「自分の知っている偉い先生に頼むと、税務署と事前に折衝してくれ、事後調査がないようにしてくれる。」と勧められた結果、同年一〇月六日に同人に申告手続を依頼し、藤本から受け取った右申告書と遺産分割協議書を同人に渡した。

(四) 被告人は、それから商用のためドイツに旅行をし、帰国後の同月二五日か二六日ころ、大西から、「三億五、〇〇〇万円で話しがついた。」、「相続分はどのようにしてもよいから、マサの持分を少なくし、また、共有名義を少なくしてはどうか。」と示唆されたため、それに従い新しい相続財産配分表(マサの相続分を約五億八、〇〇〇万円減らして三億四、四二五万四、〇〇〇円とし、被告人二四・七四三パーセント、宏一郎二一・九四九パーセント、啓二郎一九・四六六パーセント、利治一八・八一六パーセント、史江及び敏恵各七・五一三パーセントとそれぞれしたもの)を作成し、これを大西に渡した。

(五) 大西は、同年一一月上旬に、右相続財産配分表に基き新しく作成した遺産分割協議書(本件申告に使用したもので、ただ、後記の架空債務の部分を空白にしたもの)と申告書(本件申告に使用したものであるが、いかなる記載があったかは明らかでない。)をマサ方に持参し、そこで相続人らに代わって同人らの印鑑を右書類に押捺した後、右申告書を持ち帰った。そして、右遺産分割協議書は、その後、宏一郎、啓二郎及び利治の特別代理人の捺印を済ませた上、被告人から大西に渡された。

(六) 大西は、その後、義弟の大西弘一に命じて、右遺産分割協議書の空白部分に、利一が本部に対して総計一一億三、二〇〇万円の債務があり、マサを除く相続人全員がこれを承継したように架空の債務をタイプさせ、右架空債務があることにして計算して本件申告書(遺産総額前と同じ、課税価格七億〇、五五九万四、〇〇〇円、税額一億五、〇二二万七、九〇〇円とそれぞれしたもの)を作成した上、右申告書と遺産分割協議書を笠原に届け、同人と本部事務局長の黒宮は、右架空債務の存在についての証明書を作成した。

(七) 笠原及び黒宮は、同月一〇日、右遺産分割協議書及び証明書を付した申告書を伏見税務署に提出して申告手続をした(なお、その際、右両名は、同税務署総務課長安東謙に要求して、右申告書に同年一〇月九日の受付印を押捺してもらった。)。

2 被告人には、認定事実記載のような不正の行為についての認識がなかったこと

原判決は、先にも述べたように、その補足説明において、この点を認めているようでもあるが、明確でないので、この事実を認めるべきである理由を述べる。

被告人は、終始右主張に沿う供述をしており、その信用性に欠ける点はない。

大西は、本件架空債務の遺産分割協議書への記入に関し、原審第五回公判廷において、「松井さんのほうとも話しあい…」と、恰も被告人がその事実を知っていたかのようにも解される証言をしている(一六一二丁裏)が、同人が、それに先立つ原審第四回公判廷において、「遺産分割協議書を作り直す際に、被告人その他の相続人に対し、架空債務をくっつけるという説明はしていない」旨証言している(一五七六丁表以下)ことや、証拠上明らかなように、大西は、本件申告手続後、被告人に申告書の控えやこれに添付されていた遺産分割協議書(検事七号別紙三と同じもの)を交付したが、右書面には架空債務の記載は全くなく、また、右申告書の控え中の「債務の明細書」欄の架空債務と分かる部分は、紙で隠してコピーされていて、大西が、被告人に架空債務の計上を知られることを申告後においても恐れていたことが認められること、さらに、架空債務を遺産分割協議書にタイプした大西の義弟の大西弘一が、検察官に対し、「この債務の承継の記載がないまま各相続人から印鑑の押捺をしてもらっておりますことから、松井利一さんのこの債務は、相続人にも知らせていない架空債務だと思われます。」と供述している(検一七号、五四五丁裏以下)ことに徴すると、大西の原審第五回公判廷における右証言は、全く信用できない。

3 被告人には、その他の不正の行為についての認識もなかったこと

(一) 被告人が、大西の勧誘を受けて同人に本件申告手続を依頼した時点における被告人の認識について

(1) 大西は、被告人に対して相続税の申告を任せるよう持ちかけたとき、「偉い先生を紹介する。」と言っただけで、その偉い先生が何者であるかについては、具体的には何も話しておらず、被告人は、大西が偉い先生とぼかした形で言っていたので、詳しくは聞かず、被告人なりに、税務署当局と交渉力のある人、例えば、税理士を含む国税局出身者、政治家などであると理解していたのである。右の事実は、大西の原審第二回公判廷における証言(例えば一四九〇丁表裏)と被告人の原審第九回公判廷における供述(例えば一七四四丁裏)によって認められる。

(2) そして、被告人が大西に申告手続を依頼したときには、被告人としては、偉い先生が税務当局と事前に折衝し、遺産総額を藤本税理士作成の申告書どおりに認めてもらい、事後の調査もなくなることのみを期待したのであり、税額を低くしてもらうことまでは考えていなかった。右の事実は、被告人の原審公判廷における供述(例えば一七四六丁表、一七四八丁裏)により認められるのであり、原判決も、補足説明においてこのことを認めていると解される。

(二) 被告人が大西から税額決定の通知を受けた時点における被告人の認識について

(1) 被告人は、前記の三億五、〇〇〇万円は全額税金であると思っていたこと

原判決は、補足説明一の(一)及び(二)によると、明言はしていないけれども、この事実を認めているように解されるが、明確でないので、これを認めるべきである理由を述べる。

イa 被告人は、捜査段階から公判までを通じて、終始一貫して右主張に沿う供述をしており、原審第一〇回公判廷において、「申告後の昭和五九年一一月二〇日に大西から申告書の控えを受け取って、偉い先生にお礼をしなければならないと思い、同月二三日か二五日に、大西に、『偉い先生の方はどうさしてもらったらいいんやろうか。』と聞いたところ、確かに自分の方でちゃんとしてあるか、あるいはすると言ったか、そちらの方も配慮せんでいいんゃ、という話であった。そうすると、大西の方で持ち出しになるので、どういうことかなと考えたが、恐らく顧問関係というような-お礼というようなことのない間柄の-先生かなと自分なりに解釈した。」旨供述している(一七七七丁表以下)。右の各供述は、それ自体に信用性を疑わせる点はなく、以下bないしdに述べるこれを裏付ける諸事実をも併せ考えると、信用することができる。

b 三億五、〇〇〇万円の内訳について、被告人が大西に聞いたり、大西が被告人に述べたりしていないことは、証拠上明らかである。

c 被告人は、大西から税額を告げられるとともに、前記のように相続分の変更を示唆されたので、直ちに相続財産配分表の作り直しにかかり、イ・ロ・ハの三案を作成し、そのうちのハ案を大西に届けたが、右の三案とも税額を三億五、〇〇〇万円と記載しているのである(検二六号証添付の別紙一イ、同二ロ、検二五号証添付の別紙一ハ)。ところが、被告人が、昭和六一年一月一五日になって計算した相続財産収支明細表(弁第四一号証)には、三億五、〇〇〇万円が納税(手数料込)であると記載されている。右の事実は証拠上明らかであるが、右の記述の相違は、被告人が原審第一〇回公判廷で述べているように(一七八九丁裏以下)、右の三億五、〇〇〇万円に手数料が含まれていることは、右の相続財産配分表の作成の際にはこれを知らなかったが、後日に至り、この三億五、〇〇〇万円のうち一億五、〇一一万九、一〇〇円しか納税されていなかったことが分かったため、これを知ったことによるというべきである。

d 被告人が、申告後の昭和五九年一一月二三日か二五日ころ、大西の自宅に菓子折と京都信用金庫の一〇〇万円の保証小切手を本件のお礼として持参したことは、証拠上認められるが、これは、被告人が、三億五、〇〇〇万円には大西に対する分を含め一切の謝礼が含まれていないと思っていたからであると理解できる。

ロ そこで、右主張に反し、若しくは抵触すると思われる証拠について考察する。

a 大西は、原審第三回公判廷において、三億五、〇〇〇万円の中には、偉い先生に対する謝礼も含まれていることを被告人にはっきり告げた旨証言している(一五一四丁表)。しかし、そうであれば、被告人がその内訳を聞くのが自然であるのに、その事実が認められないのは理解し難い。また、証拠上明らかなように、納税額は約一億五、〇〇〇万円であり、しかも、大西は、被告人から受領した三億五、〇〇〇万円のうち五、〇〇〇万円を自己の手元に保留したうえ、笠原が取得した約一億五、〇〇〇万円のうちから二、五〇〇万円を謝礼として貰っているのであるから、三億五、〇〇〇万円の中に手数料等が含まれていることを被告人に告げていないとすると、被告人から多額の金員を、しかも、自己の利得のために詐取したことになるのであって、大西としては、それが事実であっても、自己の責任を軽くするためそう述べたくはないのが人情の自然である。さらに、大西は、その証言の節節に見られるように(例えば、後記のように、本件が被告人の働きかけから始まったように述べたり、本件不正の行為がすべて笠原の策謀によるものであるように述べたりしている。)、自己の責任回避のためには明らかに虚偽と分かるような供述をする性向があると認められる。右の事情を考慮すると、右の証言は容易く信用することはできない。

b マサは、検察官に対し、「昭和五九年一〇月初め、大西の話しを聞いて、『先方が言うてきたお金を渡したら、それで税金の納付から偉い人の方に持って行く献金のようなお金も一切が済む。』と解釈した。」旨述べている(検第八号、三二九丁表以下)が、同人が原審第七回公判廷において証言するように(一六八八丁裏、一六九一丁表、一六九六丁表以下)、大西が最初に来たときも、税額が決ったことを言いに来たときも、偉い先生に対するお礼の話は聞いたことはなく、また、被告人からもそのような話を聞いたこともないのであって、これらとその他の証言から考えると、検察官に対する右の供述は、検察官の、このような場合には、お礼をするものであるという指摘に同証人が同感して肯定したために、検察官が作文したに過ぎないものであると認めるのが相当であって、前記の主張を覆すに足るものではない。

c つぎに、被告人の妻である松井啓子は、検察官に対し、「大西から税額決定の話を聞いた際に、偉い筋の政治家が自分の力添えで安くできた金額の中から、当然献金・カンパなどのお金を貰おうとするのだろうと思った、大西が帰った後、被告人やマサと、献金やカンパ金を政治家がその申告手続をしてくれたことで納税を少なく済ませられた金の中からいくらかのものを受け取るのではないかという話をしたことがあった。それは、先に大西の口から『言うただけのものを渡したら、それでよろしい。全部済む。』というようなことを聞いたので、そのように感じて話したのである。」旨述べている(検第一〇号、三四九丁表以下)が、同人の第八回公判廷における証言によって明らかなように(二七〇五丁表以下、一七一二丁裏以下)、同人は、大西から、偉い先生に対する献金等のお金については何も聞いておらず、大西のいう偉い先生が政治家であると解し、政治家に対しものを頼むときは献金等をするものだという常識から右のように述べたものに過ぎず、また、被告人に対しても、「お礼をせんならんかな。」と述べたに過ぎないものであると認められ、前記の主張を覆すに足るものではない。

(2) 税額が藤本税理士作成の申告書の税額より低くなった理由について

右の結果については、被告人としては、多少の意外感はあったけれども、偉い先生が税務署と折衝してくれた結果であると考えただけであり、その方法については、相続財産の評価を低くしてくれたのかという漠然とした認識しか持たなかったのであって、不正な行為を用いるとは全く考えていなかった。

被告人は、捜査段階、公判を通じて、ほぼ一貫して右主張に沿う供述をしており、原審第八、一〇回各公判廷において、「大西が、右のような有利な取扱いは、偉い先生がいるからできるのであることを自信たっぷりに強調し、その方法については何も触れなかったのであり、大西は、利一の時代から二〇年もの間、司法書士として、利一、続いて被告人の経営するマツイカガク株式会社及び松井家の仕事を間違いなく処理して来たものであって、地方の名士の団体である伏見ロータリークラブで被告人と同じメンバーでもあることから、被告人としては大西に全幅の信頼を置いていたし、しかも、財産の評価というものは幅があることを感じており、藤本作成の申告書の税額約五億円と本件における税額と被告人が認識していた三億五、〇〇〇万円との差をそれほど大きくは感じなかったことや、税申告について政治家、税務関係のO・B、有力税理士等の力による有利な取扱いがあるという噂を聞いていたこともあって、素直に大西の言を信じてしまった。」旨述べている。また、マサの相続分を減らして、その分を他の相続人に配分したために生ずる税額の増加についても、被告人はその場合の税額については全く考えるところがなかったのが事実である。被告人は、原審第一〇回公判廷において、「大西の話により、税額が三億五、〇〇〇万円に決ったということを思い込み、相続分の配分の変更の話が税額と切り離されたような感じになり、配分が変ったからといって税額が変更になるという懸念は持たなかった。」旨供述しており(一七六三丁表以下)、被告人が、前記のように、相続分を変更する配分表を作成した際にも、税額計算を全く試みなかった(このことは、そのような計算書が、被告人宅からも大西事務所からも押収されなかったことからも明らかである。)という右供述を裏付ける事実がある。

ところで、被告人の検察官に対する供述調書中に、「本件申告が正当でない方法により行なわれたもので、脱税になることは分かった。」旨の供述記載があるが(検二七号、一二二一丁裏以下)、これは、被告人の原審第一〇回公判廷における供述のとおり(一七九一丁表以下)、被告人の取調べ当時における認識を述べたものを、事件当時の認識として記載されたものに過ぎず、当時、被告人がすべて理屈どおりに考えることができたとの前提に立って、検察官が作文したものというべきであって、到底信用することができない。

原判決は、その補足説明において、この点について、

イ a被告人の税に関する知識の程度、すなわち、被告人が、昭和五七年からマツイカガク株式会社の代表取締役として事業税一般の知識を有するとともに、自己の所得税についても自分で計算して申告していたこと、本件相続税の申告について、藤本とももに税額の計算をし、マサの相続分を二分の一とし、相続財産額が二一億円とすると税額が約五億九、〇〇〇万円になり、右額を一九億円とすると約五億二、〇〇〇万円となること及びマサの相続分を除外すると税率が五〇パーセント以上になることを知り、その後、藤本と協議するなどして、配偶者特別控除の利点を考慮して、マサの相続分を法定相続分である二分の一とし、更に相続土地の評価をできうる限り低くし、結局相続財産額を総額一八億三、七五九万余円と評価し、その場合の相続税額が五億〇、二二二万余円となる旨の申告書の作成を藤本に依頼したこと、被告人は、右により、本件相続税についてのおおよその正当税額を知り、又被相続人の配偶者の相続分が減少すれば、特別控除分が減少し、相続税の総額が右金額以上になることを認識したこと、b被告人が藤本と出来うる限り低く土地の評価をしたものであること、c税額が一億五、〇〇〇万円低くなるためにはそれ以上評価額が下がらなければならないことに照らして、被告人においてそのようなことが正当な方法によっては不可能であること、即ちなんらかの不正な方法により税額が下がったことは十分認識していたものと認められる、

ロ また、更にマサの相続分を約五億八、〇〇〇万円減額しても税額は三億五、〇〇〇万円で変らないというようなことが不正な方法によらずには不可能であることを被告人が認識していたことは前記の被告人の税知識からして明らかである

旨判示する。

確かに、被告人が原判示のような税に関する知識を有していたことは事実であり、また、税務署も相当であると認めるであろうと思われる限度内でではあるが、藤本と土地の評価をなるべく低く評価しようと努力したこと(ただ、土地の評価というものは、税務においてもそれほど確定的なものでなく、現に、本件申告においても、税務署において申告評価額より低く評価された物件があることは、注意すべきである。)も事実であり、これらから見ると、理屈の上だけでは、右の原判示ももっともと思われる点がないではない。

しかし、人間必ずしも常に理屈どおりに行動するものでないことは、経験の示すところである。被告人は、多額の納税を迫られる立場にあり、しかも、当時、海外旅行から帰国したばかりであって、いわゆる時差ボケが回復していなかったうえ、申告期限も徒過していることに焦りを覚えていたなかで、急いで配分案のやり直しをしたため、冷静さを欠き、大西の言を十分吟味することもなかったのである。また、人が専門家に物事を依頼するときは、その人が自分でその仕事を行なう場合と全く違った心境になって、その依頼した物事を全面的に任せてその結果のみについて関心を持ち、頼まれた人の行なうことの内容については余り深くは考えないのが通常である。そして、その頼まれた人が自分の信頼する人である場合、頼む仕事がきわめて専門的で、自分の知識や経験から遠い場合には、特にそうである。また、その結果が自分に有利であれば、尚更であり、このことは、頼む人が知識や教養の高い人であるときも、その例外ではない。被告人は、税知識があるとはいえ、税務署との折衝や税務署内部の仕事の実状については全くの素人であり、大西に対する信頼は、前記のとおり厚かったのであるから、このような状況にあったといえる。右の事情を併せ考えると、本件の場合、被告人が理屈どおりの健全な判断ができなかったとしても、それほど不自然とはいえず、被告人の理屈に合わない思考は、人間の思い込みの恐ろしさとしか言いようがない。

右のとおりであり、被告人の前記の各供述は、原判示のように、信用性がないとしてにわかに排斥することができないのであって、被告人の不正の行為についての認識の有無を考えるときには、右に掲げた被告人の供述を前提にする外はない。

(三) 以上述べたところに基づき、被告人に不正の行為という本件構成要件についての認識があったといえるかどうかについて考察する。

(1) そもそも、逋脱犯にいう「不正の行為」とは、逋脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不能若しくは著しく困難ならしめるようななんらかの工作をいうものと解されているが、その具体的内容は、必ずしも明らかではない。相続税法六八条にいう「不正の行為」としては、相続財産の隠匿か、架空債務の計上がその典型であろう。

相続財産の評価額も申告内容であるが、不動産の評価は、一応路線価等の内部的評価基準はあるものの、地形や周囲の環境等諸種の条件によって大きく変動するものであり、主観的、相対的であることを免れず、かつ、申告評価額については、税務当局によって指導、更正がなされ、ひっきょう税務当局が相当と認める額で決定されるものであるから、相続財産の全部を申告している以上、不当に低い評価額で申告していても、それは、税の賦課徴収を不能若しくは著しく困難ならしめるような工作とはなりえないから、「不正の行為」にあたるものではないというべきである。そして、この理は、税務当局に影響力のある者と税務当局との折衝によって決められた評価額によって申告した場合でも、同様であると考えられる。

本件においては、前記のように、被告人には、相続財産の隠匿の意思は全くなく、また、結果的に架空債務を計上した申告書が提出されたものの、その意思や認識はなく、ただ、偉い先生が税務当局と折衝してくれた結果、相続財産の評価が低くなったのではないかという漠然とした認識があったに過ぎないのであって、これを前記の法理に照らすと、被告人に不正の行為の認識があったといえないことが明らかである。

(2) 仮に、右の主張が容れられないとしても、被告人の「不正の行為」の認識は、右のように、確定的でなく、明確でないから、「不正の行為」の認識があったとはいえない。けだし、事実を隠蔽し、または仮装して、正当な税額より少ない申告をした場合には、行政上の措置として重加算税が課せられるが、それ以外に同じような構成要件のもとで刑事犯である逋脱犯を設けたのは、その行為の反社会性、反道徳性が特に著しいものを自然犯的なものとして処罰しようとするものであり、この趣旨から考えると、逋脱犯の違法性を示す中心的な構成要件である「不正の行為」についての認識は、確定的で、明確であることを要すると解せざるを得ないからである。

原判決は、前記のとおり、「なんらかの不正の行為」の認識があれば足りると判示しているが、右に述べたところにより正当でないことが明らかである。

二(その二) 原判決は、本件の納付すべき税額と申告納税額との差額六億五、五三九万五、三〇〇円の全額について、被告人に逋脱の犯意及び原判示の共犯者との逋脱の共謀があったとして、これを逋脱であると認定している。しかし、仮に、本件において、被告人に逋脱の犯意及び原判示の共犯者との逋脱の共謀があったとしても、右犯意及び共謀は、原判示の右逋脱額のうち一億五、二二二万七、二〇〇円の範囲において成立するものに過ぎないから、右の額が逋脱額であると認定すべきであり、その余の五億〇、三一六万八、一〇〇円は、逋脱の犯意がなかったものとしてこれを逋脱額から除くべきものである。

それで、原判決は、事実を誤認したか、法令の適用を誤った違法があり、右の違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

1 原判決は、右認定の理由につき、補足説明において、イ「相続税法六八条の脱税の犯意は特定の者の相続税につき脱税するとの認識があれば足り、それ以上に具体的な脱税額についての認識までは要しない、」ロ「従って脱税を共謀した共犯者において被告人の意図した以上の額の脱税行為をなし、被告人の犯意と結果とのくいちがいが生じたとしても、脱税額全額について被告人の犯意はあるものと解すべきである」ところ、ハ「前掲各証拠によれば、被告人は、前記藤本と計算した約五億円の税額と大西のいう三億五、〇〇〇万円の税額との差額約一億五、〇〇〇万円及び松井マサの相続分を変更することによって増加した税額分(その額がいくらになるか具体的に計算していないとしても、右変更により右約五億円を越えて増額した相続税を脱税するということ及びそのおおよその額は認識していたものである。)について脱税することを十分認識していたものと認められるから、共犯者大西らにおいて、それ以上の額(右三億五、〇〇〇万円と約一億五、〇〇〇万円との差額約二億円を含む脱税額)の脱税行為をしたとしても、本件相続税に関し脱税することを大西らと共謀した以上、被告人についても全額の脱税につき犯意があり、判示のとおりの相続税法違反の罪が成立するというべきである。」と判示する。

2 そこで、考えるのに、

(一) 被告人が、本件において納付すべき税額は五億〇、二二二万七、二〇〇円であって、申告納税額は三億五、〇〇〇万円であると認識していたものであることは、控訴趣意第二の一の3の(二)において詳述したとおりであるから、被告人としては、右三億五、〇〇〇万円と申告納税額一億五、〇一一万九、一〇〇円との差額一億九、九八八万〇、九〇〇円は、申告税額に含まれると認識し、また、被告人が納付すべきであると認識していた右五億〇、二二二万七、二〇〇円と正規の税額八億〇、五五一万四、四〇〇円との差額三億〇、三二八万七、二〇〇円については、納税義務があることを認識していなかったこととなる。それで、右各金額のいずれについても、本件の構成要件である納税義務の存在についての認識がないから、逋脱の犯意がなかったものというべきであり、右各金額は、逋脱額から除くべきものである。

ところで、右原判示イは、逋脱犯の犯意につきいわゆる概括的認識説に立つものと考えられるところ、右の説は、逋脱犯を国家の課徴税権の侵害に対する損害賠償を本質とするものであるとする考え方に基づくものと解されるが、逋脱犯の自然犯化が定着した現在、免れた税額のうち犯意の認められない部分については、これを逋脱額から除く前記の説(個別的認識説)を採るのが相当である。そして、近時の裁判例も、右の個別的認識説に従う趨勢にあると思われる(例えば、昭和五四年三月一九日東京高等裁判所判決、高裁刑集三二巻一号四四頁・昭和五三年五月二九日東京地方裁判所判決、判例タイムス三八三号一五九頁(編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる)・昭和五七年三月二日大阪地方裁判所判決、税務訴訟資料一四二号一八〇二頁・昭和五七年一二月一六日大阪高等裁判所判決、判例時報一〇九四号一五〇頁)。

もっとも、犯意の成立には、具体的な脱税額までを認識する必要がないことは、原判示のとおりであるとも思われるが、そうであるとしても、免れた全税額について全体として脱税の認識が認められることは必要であって、脱税額の一部について逋脱の犯意があれば、逋脱の犯意がない税額についてまで逋脱額に含めることができるとすることは正当でない(前記の東京高等裁判所の判決参照)。

そして、概括的認識説は、逋脱犯は一罪であり、本件は、同一の構成要件に属する具体的事実の錯誤に過ぎないから、被告人の認識しなかった逋脱額について故意を阻却しない旨を主張するけれども、逋脱犯は、包括一罪で、逋脱の犯意のある部分とない部分とが可分であるうえ、本件のように、逋脱の犯意がなく、被告人の認識内容としての不正の行為とは無関係に税を免れた部分については、逋脱の結果は発生せず、被告人に逋脱額についての錯誤はないというべきであるから、右のような錯誤論を適用することは、相当でない。

それで、右の原判示は、正当でない。

二 また、控訴趣意第二の一の3の(二)及び同第二の一の3の(一)の(2)において述べたところによると、仮に被告人と大西ら原判示の共犯者との間において逋脱の共謀が成立していたとしても、それは、「税金は三億五、〇〇〇万円だけ支払う。」「藤本の作成した申告書の税額と三億五、〇〇〇万円との差額を逋脱する。」という合意であったといわなければならない。

ところが、大西は、右の共同意思の実現として実行行為をなすに当り、自己並びに本件における順次共謀者の笠原及び黒宮の利を図るため、右共謀の犯意を逸脱して、ほしいままに申告税額を約一億五、〇〇〇万円に減少させて、納税資金のうち二億円を着服し、また、甘言を以って被告人を惑わせて相続分の変更をさせたため、正規に納税すべき額を増加させ、その結果、脱税額を著しく増加させたものであって、大西の右の如き行為は、もはや被告人との謀議により生じた共同意思の実現としてなされた行為とはいえず、右謀議に便乗してなされた別個の被告人に対する詐欺または横領行為というべきである。

ところで、いわゆる共謀共同正犯において、犯罪の実行行為を担当しない正犯が刑事責任を問われる理由は、各正犯が、謀議の結果犯罪の共同遂行の合意に達し、それにより犯罪の共同遂行の意思を確定させ、その意思の実現として実行担当者により実行行為がなされたこと、すなわち、犯罪が、共謀の結果生じた共同意思の実現としてなされた点にあるのであって、共同意思と無関係に実行された犯罪についてまでその責任を追求されるものではないと解するのが正当であるから、大西の右行為によって増加した脱税額について被告人に責任を追求することは許されない。

右原判示ロは、共同正犯における錯誤の問題として、実行行為者以外の正犯の認識と結果とのくいちがいは、それが同一構成要件内の錯誤であるときは、共同正犯の故意を阻却しないという理論に基づくものと解されるが、右の理論は、その結果につき犯意がその正犯にあると同様に評価すべき状況があるときにのみ妥当するものであって(この点に関する裁判例はこのような事例に限られているように思われる。)、本件のように、実行行為者がその他の正犯との共同意思と無関係に実行し、右正犯が全く予期しない結果を生ぜしめた場合についてまで拡張して適用することは、犯意が刑事責任の基礎であるという責任論の原則を無視するものであって、不当である。

それで、右の原判示は、正当でない。

3 以上述べたところによって明らかなように、原判示ハのように、被告人に藤本と計算した約五億円の税額と大西のいう三億五、〇〇〇万円の差額約一億五、〇〇〇万円(原判示の松井マサの相続分の変更によって増加した税額分のおおよその額を認識していたとの点は、前記のように認められない。)については脱税することを認識し、共犯者とこれを共謀していたとしても、共犯者らが共謀の範囲を逸脱して行なった脱税の結果についてまで、原判示のように、被告人の犯意を認め、共同正犯としての責任を認めるのは不当である。

控訴趣意第三

原判示の右逋脱額の認定は、無効であるか、遺産分割協議の意思表示を取消したためその効力が消滅した遺産分割協議書に基づき計算したものであるから、事実を誤認したものであり、右の違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 いうまでもなく、遺産分割協議は相続人間の一種の契約であり、民法の意思表示の規定の適用があると解すべきところ、本件は、民法第九六条第二項の第三者による詐欺に該当する。

すなわち、前述のとおり、架空債務計上の方法による脱税を企図していた大西は、藤本作成の遺産分割協議書(以下第一の遺産分割協議書という。)では、架空債務の記入のための余白がないところから、被告人にその書き替えをさせようと図り、被告人に対し、「総額三億五、〇〇〇万円に決った。その内容はどうでもよい。この際、一代飛ばしてはどうか。」と申し向けたところ、大西を深く信頼していた被告人は、このようなことが可能であると誤信し、この錯誤によってマサの相続分を減少させた案を作って、大西に届けたところ、大西は、その案に基づいて新たな遺産分割協議書(以下第二の遺産分割協議書という。)を作成して、これをマサ方に持参したので、被告人らは、大西にこれに押印させた。

二 講学上、『詐欺によって錯誤に陥り、その結果、意思表示をした場合には、効果意思に対応する内心の意思は存在し、ただ、その成立に瑕疵があったわけであり、一種の動機の錯誤が存在する。』(川島武宜・民法総則二九八頁)とされる。

そして、本件の場合も、第一の遺産分割協議書を変更するための第二の遺産分割協議においては、マサの相続分を始めその他の相続人の相続分を変更しようという内心の意思が存在し、その効果意思の表明である第二の遺産分割協議書が出来上がったのではあるが、このように第一の遺産分割協議を変更しようとするに至った被告人の動機は、大西から前記の虚偽の事実を告げられ、その結果、第一の遺産分割協議書の書き替えを決意したのであるから、まさに、その意思の成立に瑕疵があったのである。しかも、このような場合、被告人が、仮に、一一億円もの架空債務を計上する方法により相続税を軽減するという大西の意図を知っていたならば、被告人はもちろんのこと、一般人もこのような分割協議の変更をしなかったであろうことは確実であるから、本件は『要素の錯誤』に該当する。

よって、第一の遺産分割協議の変更の意思表示である第二の遺産分割協議は、動機の錯誤に基づいてなしたものであって、それ自体無効であるか、または、昭和六一年二月二五日の修正申告をなす際に、第二の遺産分割協議の意思表示を取消したので、その効力は消滅した。

三 ところで、無効や取消は、取引の相手方保護の観点から、その主張を制限されることがあるが、税務申告が取引行為でないことはもちろん、税務当局は『第三者』にも該当しないから、その善意や悪意、あるいは被告人の過失の有無は、問題にならない。けだし、第三者とは、或る意思表示によって生じた法律関係に基づき、新たな利害関係を取得した者に限り、このような行為によって反射的に利益を得た者を含まないと解されるからである(我妻栄・民法総則三一二頁)。

このように、本件においては、被告人の過失の有無は勿論、税務当局の善意・悪意を問題にする必要もないのではあるが、若し仮に、被告人が大西からこのような話を持ち掛けられなければ、被告人は、藤本の作成した申告書により、五億円余の相続税を支払っていたのであるが、被告人が大西に欺罔されて、第一の遺産分割協議書を変更した結果、その税額は八億円余にもなり、国家としては、三億円もの『濡れ手で粟』の利得をしたのである。

四 なるほど、徴税権は国家の基本をなすものであり、尊重すべきことは言うまでもない。しかし、それはあくまでも正当な額についてであって、国民が、詐欺行為に会い、錯誤に陥り、しかも、その申告書が偽造ないしは変造されて申告されたことが明らかであるものまでを課税の基礎とし、また、逋脱額の計算の基礎とすることは、国家としてなすべきことではない。このようなことをすれば、国家の権威が泣くというものである。

本件は、最高裁判所昭和三九年一〇月二二日の判決にいう「記載内容の過誤については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害する特段の事情がある場合」に該当するから、被告人らが昭和六一年二月二五日に、第一の遺産分割協議書に基づき修正申告した金額を基礎として、その逋脱額を計算すべきであるにもかかわらず、原判決は、第二の遺産分割協議によってその逋脱額を計算したものであるから、右の逋脱額の認定は、事実を誤認したものである。

控訴趣意第四

仮に、認定事実のとおり本件の有罪が免れないとしても、原判決の量刑は、重過ぎて不当である。

一 原判決は、その量刑の事情の項において、

1 被告人に不利益な情状として、

(一) 本件は、正規の税額が合計約八億〇、五〇〇万円であるところ、約一億五、〇〇〇万円しか申告納付せず、約六億五、五〇〇万円の相続税を逋脱したというものであり、その逋脱額が多額であるばかりか、逋脱率も約八〇パーセントと高率であること。

(二) 本件の犯行態様は、総額一一億円以上の架空の借り入れ金を計上するなど悪質であること。

2 被告人に有利な情状として、

(一) 被告人が、脱税総額につき正確には認識していなかったこと。

(二) 本件は、当初正規の納税をしようとしていた被告人が、脱税により多額の不正な利益を得ようとした大西の巧妙な働きかけによりなされるに至ったものであり、特に大西の勧めによりマサの相続分を減らしたことにより脱税額が多額となったものであること。

(三) 総額八億円の相続税の本税、約一億八、〇〇〇万円の重加算税、約七、〇〇〇万円の延滞税等を支払っていること。

(四) 笠原が利得した金員の相当額が返還されていないこと。

(五) 被告人は、本件の発覚により既に一定の社会的制裁を受けいること。

(六) 被告人には、本件同種の前科及び一般前科のないこと。

(七) 本件のごとき不正な申告をした笠原らに対する税務当局の対応にも問題の存すること

をそれぞれ判示している。

二 そこで、右原判示のうち一の1について考えると、

1 本件を全体として見た場合、右一の1の(一)にいうように、逋脱額が多額であり、逋脱率が高いことが、被告人に不利益な情状であることは認めざるをえない。しかし、右一の1の(二)にいうような架空債務の計上は、逋脱犯における不正の行為の態様としては通常のものであって、特に悪質というべきものではなく、また、その額が多額であることは、右の逋脱額が多額であることと裏腹に過ぎないものであり、別個の情状になるものではない。

2 ところで、前記のような逋脱犯の自然犯化により、逋脱犯に対する処罰の目的は、かつてのように国庫に加えられた損害の賠償を図るということではなく(重加算税の徴収によりその目的は達せられる。)、その反社会性、反道徳性に対する非難という性格を有するものとなったというべきであり、右の反社会性、反道徳性の程度を判定すべきものとして、まず、不正の行為の態様、つぎに、逋脱額及び逋脱率が量刑にあたり考慮すべき主な要素となるのである。それで、逋脱額及び逋脱率や不正の行為の態様は、それを単独に評価するのではなく、犯行の具体的事情、すなわち、逋脱の動機、右の量刑の諸要素に対する被告人の認識、被告人の犯行関与の程度等と併せて判断することにより、犯行の反社会性、反道徳性の程度を判断し、これを量刑の資料とするのでなければならない。本件においては、右の犯行の具体的事情につき、原判示も、前記一の2の(一)及び(二)の諸事情(右一の判示が必ずしも正確でないことは後述のとおりである。)を認めながら、これらを考慮することもなく、逋脱額及び逋脱率と不正の行為につき前記一の1の(一)及び(二)のように認定した後、直ちに、「被告人の刑事責任は重大であるといわざるを得ず、被告人に対しては懲役刑についても実刑をもって臨むことも十分考えうるところである。」旨判示しているのであって、右の原判示は、原判示が、のちに、被告人に有利な事情を考慮して懲役刑に執行猶予を付した旨判示していることを考慮しても、右量刑の諸要素をそれのみで重要な量刑の資料とし、本件におけるそれらの具体的事情を軽視する誤った考え方を露呈しているものと考えざるをえない。本件においては、後に述べるように、右原判示の外、右量刑の諸要素の評価にあたって考慮すべき具体的事情が多々あるのであって、これらを併せ考慮すると、本件における右の諸要素は、本件量刑につき被告人に不利益な情状として大きく評価さるべきではない。

三 つぎに、原判示のうちの一の2の諸点を含め、被告人に有利な情状について以下に考察する。

1 本件犯行の動機

(一) 前記のように、原判示も、被告人が、当初は、正規の納税をしようとしていたが、本件により多額の不正な利益を得ようとした大西の巧妙な働きかけにより本件を犯すに至ったものであることを認めている。この点について次のように補充する。

(1) 被告人が、大西に本件申告を依頼する前、正規の納税をする積りであったことは、控訴趣意第二の一の1の(二)の記載の事実と被告人の原審第八、九回公判廷における各供述及び藤本の検察官に対する供述調書の供述記載(検第一二号)により認められるように、被告人が手元資金や不動産の売却代金を併せて納税金の手当をしていたことにより明らかである。また、被告人は、大西に本件申告を依頼した際にも、控訴趣意第二の一の3の(一)の(2)において述べたとおり、遺産総額を藤本作成の申告書どおりに認めてもらうことを期待したのであり、税額を低くしてもらうことまでは考えていなかったのであり、原判示もこのことをほぼ認めていると解される。

(2) 大西は、自分自身の納税申告に際しても、同和団体の税務対策を利用したことがあるため、そのやり方を知悉していたが、被告人方の相続財産額の莫大なことに目をつけ、司法書士という社会的地位や被告人方との長年の交際関係から、被告人及びその家族から厚い信頼を受けているのを奇貨として、詐術を用いて、被告人を本件脱税事件に引き込み、それによって多額の利得を得ようとしたものである。

イ 本件は、大西が被告人に対して働きかけたことによるものである。

被告人は、終始右事実に沿う供述をしているところ、大西は、原審第三回公判廷において、「被告人が、大西に対し、相続税が多額で苦しんでいる旨述べ、被告人の態度や身振りから、被告人が、後々の調査などの煩わしいことを懸念していた感じを受けたので、力添えする気持で偉い先生を世話すると話した。」旨、本件が、あたかも被告人からの働きかけから起こったかのような証言をしているけれども、前記のように、当時は既に、被告人が藤本に依頼した申告書が出来上がるころであり、納税資金の準備も出来ていたのであるから、被告人から右のような話しをしたり、態度を示すようなことをする筈はなく、その他、被告人が大西に対して税金の話しを持ちかけるような理由があると認めるべき証拠はないから、大西の右証言は、信用できず、大西が自己の罪責を軽くせんがための虚言にすぎないと解される。

ロ 大西は、本件を遂行するにあたり、被告人に対し、数々の虚言を弄し、また、被告人を信用させるための巧妙な行為を行なっている。

a 被告人の原審第九回公判廷における供述及び大西の原審第二回公判廷における証言によって明らかなように、大西は、利一が死亡して一ヶ月も経たないうちに、マサ宅をお参りということで訪問し、自分と故人との交流の深さ、特に、故人から、生前、相続について種々相談を受けていたということを雑談的に被告人らに再認識させておき、相続財産に関する資料の取り寄せに際しては、本来の職務上の知識を活用して完全、迅速な仕事をし、被告人に感謝の念を抱かせた後、申告書作成がほぼ出来上がるころを見計らって、被告人に事後調査の大変さを強調して、勧誘に取りかかり、この頃、既に笠原と交渉して、大幅に申告税額を減少させる方法をとるつもりであるのに、被告人には、「偉い先生にお願いすれば、若干有利におさまるんじゃないか。」とか、「後日調査等もない。」という意味合いのことを言う程度で、被告人に不安を抱かせるような話しは一切しなかった。

b そして、被告人が海外出張から帰国した頃には、既に、笠原及び黒宮との間では、税額を含む請負額が決定していたのにも拘わらず、被告人に対して、未だ折衝中である旨述べて被告人をじらし、後記の遺産分割協議書の書き替えにつき疑念を抱く暇がないように図った。

c 大西は、被告人に税額決定を知らせた後も、被告人が、余りに低い税額や税額を低くする方法に不安を抱き、申告依頼を取り消すのを恐れて、被告人に対し、税額は三億五、〇〇〇万円であると言い、また、架空債務の計上により税額を低くすることをひた隠しにした。

d 大西は、策略として、被告人に遺産分割協議書の書き替えをさせた。すなわち、控訴趣意第二の一の1の(四)において述べたように、大西は、被告人に示唆して遺産分割協議書の書き替えをさせたが、これは、大西が、脱税の方法として架空債務の計上を意図していたので、架空債務を記入した遺産分割協議書が本件の遂行に不可欠であったが、当時既に藤本起案の遺産分割協議書が完成しており、これには架空債務を計上する余地が全くなかったし、右のように、被告人には架空債務の計上を秘していたから、何としてでも、後に架空債務を計上できる余白のある遺産分割協議書を作成する必要があったからである。そして、被告人に右の書き替えに応じさせるため、前記のような甘言を用いて、被告人らに有利になる内容に書き替えるよう勧めたのである。(なお、大西は、原審公判廷において、右遺産分割協議書の書き替えや架空債務の額は、すべて笠原の指示によるものであると証言しているが、笠原及び黒宮の原審公判廷における各証言等と対比して、信用できない。)

e 大西は、本件申告を笠原や黒宮に総額三億円で請負わせていたのに、被告人に対しては、右金額を三億五、〇〇〇万円であると偽って述べ、その差額五、〇〇〇万円を着服したものであり、右の事実は、笠原及び黒宮の原審公判廷における各証言によって明らかに認められる。大西は、原審公判廷において、笠原らの請負額は、当初三億五、〇〇〇万円であったのが、申告直前になって三億円に減ったため、差額五、〇〇〇万円は、後日の税務署との間の折衝に備えて自分がプールしていたもので、着服したものではない旨証言しているが、申告直前の右のような減額は不自然であるし、右五、〇〇〇万円を家族名義の定期預金にしてしまっていることをも併せ考えると、大西の右証言は、右笠原や黒宮の各証言と対比して、到底信用できるものではない。しかも、大西は、申告後、笠原から、謝礼として、さらに二、五〇〇万円を受領している。

f 大西は、申告後、被告人に対し、偉い先生が税務当局と折衝して、申告期限内に受け付けたことにしてくれたと述べ、日を遡らせた受付印のある申告書を示して安心させた。

ハ 右に見るように、大西の本件犯行における行為は、誠に周到で、巧妙であり、しかも、被告人に対する正に詐欺罪に該当する行為を含んでいる。

(3) 被告人は、右のような大西の巧妙な誘引にすっかり乗せられ、同人に対して、それまでにも増して全幅の信頼を寄せ、遂には感謝の念すら抱くようになり、本件における最大の失策である遺産分割協議書の書き替えまで行なってしまうなど、本件犯行に何の抵抗感や疑念もなく陥ってしまったのであり、この点は、被告人に有利な情状として十分考慮さるべきである。

2 被告人の逋脱額及び不正の行為についての認識

(一) 被告人に逋脱額としての認識があったのは、控訴趣意第二の二において述べたとおり、本件の納付すべき税額であると認識していた五億〇、二二二万七、二〇〇円と申告納税額であると認識していた三億五、〇〇〇万円との差額の一億五、二二二万七、二〇〇円である。

そして、若し、原判示のように、マサの相続分を変更することによって増加した税額分についても脱税の認識があったとしても、原判示も認めているように、その額をはっきり認識していたものではなく、また、右三億五、〇〇〇万円と申告納税額一億五、〇一一万九、一〇〇円との差額の一億九、九八八万〇、九〇〇円については、原判示も認めているように、逋脱の認識が全くなかったのであるから、正確には、「被告人は、逋脱額は、正規の納税額のうち右三億五、〇〇〇万円を越える分であると認識していたのであるが、その総額は正確には認識していなかった。」というべきであって、原判示のように、単に「脱税総額につき正確には認識していなかった。」というのは、正当でない。

しかし、原判示がこの点を被告人に有利な情状と見ていることは、評価できる。

(二) 被告人が認識していた不正の行為の内容は、控訴趣意第二の一において述べたとおり、偉い先生が税務署と折衝してくれた結果、相続財産の評価を低くしてもらったのかという漠然としたものであるが、原判示が認定していると窺えるように、被告人が右と異なる認識を有していた(ただ、その具体的内容は原判示からは明らかではない。)としても、量刑上この事実を、被告人に認定事実の架空債務の計上という不正の行為の認識があったと同様に評価することは、著しく不当である。

3 本件犯行における被告人の地位と役割

(一) 被告人は、認定事実記載のとおり、本件において、納税義務者あるいは納税義務者の代理人ではあるが、証拠上明らかなように、逋脱のための実行行為は全然しておらず、また、不正の行為の策定や逋脱額の決定にも参画していない。

(二) 共同正犯による逋脱犯の場合、納税義務者は、通常、逋脱の結果が帰属する者として、共同正犯中の中心的存在と目され、最も重い刑を量定すべきであるとされるかも知れない。しかし、逋脱犯に対する処罰の目的は右二において述べたように変化しているのであり、前記のような被告人の逋脱の動機、不正の行為及び逋脱額、逋脱率に対する認識並びに右の犯行関与の程度を総合して考えると、被告人の本件行為の反社会性、反道徳性の程度は、比較的に低いと認められることを考慮すると、被告人が納税者であるからといって、これを特に被告人に不利益な情状として重視するのは、相当でない。

4 納税

原判示も認めているように、被告人が、前記のような大西の巧妙な勧めに引っ掛かって、マサの相続分を減らしたばかりに、税額が著しく多額になり、本税の外、重加算税、過少申告税、延滞税を併せて、当初被告人が予定していた申告税額の二倍を越える合計一〇億六、七九七万〇、六〇〇円を支払わねばならなくなり、これを全部支払ったが、笠原が利得した金員のうち相当額が返還されず、納税資金の調達に苦しむなど、大きな金銭的打撃を受けた。

5 被告人の受けた社会的制裁

被告人は、本件により一一二日間も勾留され、肉体的、精神的苦痛を味わった。

また、被告人は、昭和九年に利一が創業した印刷用インキの製造販売業を目的とする従業員一〇〇名の堅実な会社として著名なマツイカガク株式会社の社長であり、ロータリアンで、伏見地区における名士として幾多の名誉ある地位についていたが、本件により一転して被疑者、被告人という不名誉な立場に置かれ、新聞やテレビでも、「同和団体に依頼して巨額の脱税を図った」旨報道されたために、家族、親類はもとより、右会社とその従業員、取引先に至るまで大きなショックを与え、父の跡を継いで就任した右会社の社長を引責辞職するの止むなきに至った。

被告人は、社会的制裁をもはや十分に受けたといわなければならない。

6 前科

被告人には、同種前科はもとより、何らの前科がないことは、原判示のとおりである。

7 更生

被告人は、本件の発生は不徳のいたすところとして深く反省しており、再犯の虞れは皆無である。

8 本件申告にあたっての税務当局の怠慢

大西らの共犯者らが行なった不正の行為は、認定事実のように、単純なものであって、しかも、架空債務の内容は、債権者と債務者を一見するだけで不審なものと判明するようなものであるから、税務署員としては、右申告書の提出があった段階で直ちにその内容を調査して、正当な申告をさせるように措置すべきであるのに、これを怠り、そのため、被告人を犯罪人に仕立て上げてしまったともいえる。そして、大西の原審公判廷における証言によっても認められるように、ある種の団体と国税当局との間において、大西のいう「税対」なるものが了解されていた事実が、このような起こらなくてもよい犯罪を生んだ背景となっていると考えられるのであって、被告人は、税務当局の怠慢による被害者ともいえるのではないだろうか。

四 結論

以上の諸情状を総合すると、原判決の量刑は、懲役刑に執行猶予が付されているものの、懲役刑の刑期及び罰金刑の額とも、あまりにも重いといわなければならない。

原判決は、前記のように、被告人に有利な情状を斟酌した旨判示しているが、その量刑を見る限り、本件全体としての情状を過重視し、被告人個人の情状を過軽視しているとしか考えられない。

なお、罰金について一言すると、先に述べたように、逋脱犯の処罰目的の目的の変化に伴ない、その額は、逋脱額のみによるのではなく、あくまで被告人の行為の反社会性、反道徳性に対応して量定されるべきであるが、原判決の罰金額は、右の考え方に従って量定されているとは到底認められない。

控訴趣意書全体の結論

原判決を破棄したうえ、

一 全部無罪、

二 右が容れられないとしても、一部無罪(逋脱額の減額)、

三 右一及び二が容れられないとしても、懲役刑の刑期及び罰金刑の額をそれぞれ相当量減じた内容の自判をされるのが相当である。

以上

弁護士 環直彌

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